2026年7月11日土曜日

宿命と運命の相互作用

運勢は、宿命と運命の両輪でつくられています。

宿命は、宿る命で生まれながらに決まっているもの。

生まれた場所や時代、遺伝などは先天的要素。生まれた後で本人次第で変えられるものではなくて生まれ持ったものです。


運命は、運ばれる命。後天的であり流動的です。自分の行動や選択しだいで変わります。いわば、命の運び方。


世の中にはいろんな運命論があります。

「宿命こそがすべてだ!」「運命こそが大事だ!」などいろんな考え方があるけど、先に出会った運命論に傾きがち。

だけど片方だけでは成り立たず、どちらも大事ですよね。













私の偏見では

すごい努力家の方の中には運命論を好む人が多いみたい。

自分の努力で人生切り拓いて来られた実績があるからこそ、努力は裏切らない、努力は報われるものであり、自分の意志とは無関係な宿命論には、甘えとか言い訳のように思えて嫌悪感のような気持ちを抱くのもわかります。

人生経験が豊富な方の中には、宿命論を大事にする人が多いみたい。どうも、人間の意志とは無関係な何かが作用しているんじゃないか?不思議な経験や辛い出来事などから、目に見えることがすべてとはいえないのでは、と感じ取って大切にされているみたい。


そうこうしながら、運というものに関心を向けていると

自分次第で変えられることと変えられないこと、受け入れて活かしていくことで良くなっていくことなどが明確になります。

そうすると、宿命論のみに陥らず運命論だけに陥らず

宿命と運命、たしかに両方の作用で運勢がつくられているんだ!と感じるよう。



2026年7月6日月曜日

他人から言われたことが頭から離れない時

人から言われた事が気になる・・・

誰かの言った何気ない一言が気になって頭から離れない。

気にしないようにしても、どうも引きずってしまう。

など

他人からの言葉に傷ついて、そのことがずっと気になってしまう。

こういう経験、ありますよね。


自分で傷ついた原因がわかる時もあるけど

なんで傷ついているのかよくわからないけどなぜかショック。ということも。

で、ずっとそのことを考えてしまうけど

傷ついた言葉、その場面をなんども頭の中で繰り返し再現してしまうことは

なるべく避けよう。

繰り返す「反すう思考」は、傷を深めて長引かせてしまうので

頭の中で考え続けないようにしよう。

それより

紙に書き出したり口に出したりして、自分の外側に出していった方が、客観的にみやすくなるし、気持ちの整理がつきやすいです。


人には人の考えがあって、自分のそれとはかけ離れいて

想像もつかない価値観を持っていることも少なくないです。












私の場合は一般的でない仕事だから、あれこれ言われやすい職業です。

実際にいろいろ言われます。

「人を占うこと、よくできますね」(だぶん褒めている)という人もいれば

「人を占うなんて、よくできますね」(たぶんけなしている)と言う人もいるし

「人の相談、大変ですね」(たぶんよくそんな事できるよね、の意味)

「いろんな人の人生にたちあえて、羨ましい」(たぶん自分もやってみたい意味)


私の感想は「へえー、そう思うんだ」。

自分は同じことをしているのに、人が変われば言う事が変わる。

同じ事を見てもどう思うのかはほんと、人それぞれですね。

占いに対するイメージによってもどう思うのか変わるし、その人の好みや価値観で

感じることは変わるんですね。


人の言葉が頭から離れないときに大事なことは

すぐに結論を指さないこと。

きっとこうに違いない!と決めつけ過ぎないこと。

その言葉からすこし距離をとって眺めてみるといいです。



2026年6月27日土曜日

価値観が変わるとき

「価値観の変わるようなことに巡り合う時」

というと、衝撃的な出来事とかドラマティックな事が起こるようなイメージがあります。

そのような運勢の時には、そのように大きな出来事に巡り合うことがあって

これまで経験したことのないような、未知の世界に足を踏み入れる出来事や

今までの自分では計り知れないような、価値観の変革が起こったりします。

それによって一回りも二回りも成長できるとき。


でも、中には

「特に大きな変化はなかったかなあ」という方もいます。

そのような方の場合は、出来事というより

内面の変革が大きく起こっていて、そのように伝えると

「まさに!」と気がつかれることがほとんどです。











衝撃的な事柄や環境の激変などから受ける影響は、自分自身でもわかりやすいもの。

一方、内面の変化は、一つの大きな出来事から受けるというより

複合的なことから徐々に進んでいきます。

いきなり変わるわけじゃないから、自覚しにくいことも多いです。

日々の変化はわかりにくくて

ふりかえったときに、大きく変わっていることに気が付きます。


内面の変革が起こる時は、心が柔軟になっていたり成長しやすい時でもあります。

・良い情報を得る

・視野を広げる

・勉強する

・経験を大切にする


これらが糧となって

良い意味での内面の変革が起こるみたい。

価値観の変わるような巡りあわせの運勢にいるときには、

このようなことを積極的に取り入れていくのがタメになります。



2026年6月14日日曜日

趣味があると人生が充実するのか

 「ものすごく忙しい時期を経て、今ひま。

暇があるから好きな事がいつでも出来るんだけど、全然楽しくない。」

これって案外あるあるなんです。


忙し過ぎると心身の疲労が蓄積されて、体を壊しかねませんよね。

ならば暇なら良いのかといえば

暇過ぎるとやる気がなくなったり余計な事なかりを考えたりして

ネガティブに苦しめられることも少なくありません。


ほどよく忙しく、ほどよく暇なのが一番良いのでしょうが

実際はそんなにうまい事いかないですね。

ただ、どちらも極端になりすぎないように調整を気にするだけで、ずいぶんと違うんじゃなかな。














時間の使い方を意識すると、気になるのが「趣味」について。

自分の趣味はこれです!とわかりやすく言える人もいれば

人に言えるような趣味がない、という声があって

それなんとなく、わかります。


改めて趣味は何ですか?と聞かれると、「えっとー」となりやすいですよね。

日ごろは好きな事楽しいことをしているのに。

洗車が大好きな人がいて、周りからマメですね、と言われると「趣味みたいなもんなんです」と言っているのに、改めて趣味を聞かれると「特にないかなあ」ってなったりして

人に聞かれると、好きな事よりもっとわかりやすく特別な事でないと趣味にカウントしずらくなるみたい。ものすごく熱中、没頭することや生きがいみたいなこと。


でも没頭するのか、ゆるーく楽しむのかは、趣味によるというより人によるように思います。

運命学の観点でも趣味縁の薄い人というのがあって、これは良し悪しの問題じゃないんです。

何事も向き不向きがあるという視点です。


これから趣味をみつけたい人は、

好きな事、得意な事、一人でも続けられる事などからやってみたいことを探してみるのがおすすめです。

誰か特定の人と一緒でないと継続しにくいものは、その人の都合によるからどうしても続きにくくなりがちです。


2026年6月2日火曜日

運を動かせる人は

 あの件以来、AIとの向き合い方が話題にのぼることが多いです。

どんなに良いものでも使い方によって結果が変わってくるのですね。

「酒を飲んでも飲まれるな」というのと似ているような?

酔いに支配されず適量を自分でコントロールせねばなりません。

「占いは信じるものでなくて使うもの」というのも似ているみたい?

占いでいくら大器晩成といわれても、何もせずに時をただ待っているだけで自動的に大成するわけじゃないです。努力がすぐに実らなくても、積み重ねていくのちに才能が開花する意味です。

いずれも主体が「人」である点が似ているし、

主体が「人」でないと、どんなものもうまい使い方にはならないんでしょうね。

そこが簡単にいかないところで

自分次第よりモノ次第のほうが、気楽だし簡単に思える時も出てきます。

ただ、今回の件で使い方を見直すきっかけになった人は多いはず。


大器晩成型は、何歳から花開くのか?の疑問を持つ方は多いのですが

中年以降、が目安になります。人によって違いがあるから中年から老年の人もいます。

時間をかけて成長していくタイプといえるので

こつこつと積み重ねることで、だんだんと人生が拓けていきます。

自分をそのように使うことで運が拓けるんです。













運とは、使うことで作用する性質があるようで

いくら素晴らしい名前に改名しても、実際にその名前を使わなければ効果は出ません。

日ごろは本名を使い、良い名前は特別な時に、という場合があるけど

常日頃使っている名前の方に運の作用があります。

最高の家相の家を建てたとしても、住まない人にはその効果は得られません。

家相の効果はお金を出した人でなくて、住む人に作用するからです。

いくら良い運の時でも、何もしなければ何も起こりません。

え?と思うかもですが

どんなに地頭が良くても、頭を使わなければ良さは発揮されないのと同じなんです。

こうなるとすごくもったいないですよね。

自分を、運を、どう使おうか?の視点が開運につながります。



2026年5月21日木曜日

実際と違うイメージを持たれるのは

 知り合いが趣味の押し花、作品展に出品するから観に来て、とのことで

行ってきました。

そこには私の思っていた押し花のイメージとは、全く別世界が広がっていてびっくり!

私の押し花のイメージといえば、小学生の時に作ったことあったかなー、くらいしかなかったから、繊細で美しい作品たちにびっくり、

知り合いのイメージとはかけ離れた芸術品にまたびっくり(失礼!)で

知らない世界を垣間見れて、とっても楽しかったです。











知らない事ってどうしても勝手なイメージで観ちゃいますね。

人は見たいようにしか見ないものだし、知らないことなら尚更です。

占いも同じ。占いから遠くにいる人ほど、実際とはかけ離れて「その人の思う占いのイメージ」という枠の中で解釈するものだなと思います。




よく知らない人に、本当の自分とは違う全然イメージを持たれる事もあるし

誤解されることもあるのは、

人は見たいようにしか見ないし、思いたいようにしか解釈しない。

そう思うと、ある意味仕方のないことと言えます。

誤解されても特に問題ないなら、まあいいか、と流すのもひとつ。

でもぜんぜん良くない!勝手なイメージと本当の自分とのギャップを埋めたい、誤解されたくない!と思うときには知ってもらう努力というのが要るのでしょうね。

努力というと大げさだけど、

「自然とわかってくれるもの」「理解されて当たり前」そういった期待をどこかで持ちがち。

ただ、人に対する期待が大きいほど落胆傷つきも大きくなります。

期待とは、それが叶うことをあてにして待つ状態です。

期待が悪いということじゃなくて、

待つ以外のこともやってみるとバランスがとりやすくなるから

ちょっとした努力が加わるとちょうど良くなるみたいです。



2026年5月16日土曜日

『気付き』がきっかけに

集まる用事があって向かう途中、

知り合いが行き先とは真逆な方向へ歩いていくのが見えました。

あれ?どこへ⁈と声をかけたら

ハッ!! として

考え事してたから、どこを歩いてるのかわかなかった、との事。

普段がしっかり者なだけに意外な印象で、本人も自分で自分にびっくり、と笑っていましたが


直前に戸惑う出来事があったとお聞きして、

気になる事で頭がいっぱいになる事あるよね、と思いました。













インパクトのある出来事に出くわすと、目の前の事が見えないくらい、その事に気を取られてしまう事があります。

そんな経験ありませんか?

私はあります。

目の前の事が手につかないし、いろいろ考えているようでいて、出口は見えず重苦しい気分だけが広がってしまう。


こういう時、ハッ!とする事がきっかけになって

別の意識の向け方にシフト出来るみたいです。

ハッ!は、気付きのことで

無意識のまま浮かんでくる考えに支配されずに、主導権を自分に戻すイメージです。